タカラヅカ☆キラキラ人脈
~宝塚歌劇団 現役及び卒業生人脈~
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関連人物 「タカラジェンヌ名」不明
根岸明美(女優) 『昭和9年、東京生まれ。7人きょうだいの三女で、父親はボーイスカウト日本連盟の役員、
母親は宝塚歌劇団に所属した時期もあった。
(「週刊新潮」08.3.27号[墓碑銘]より)

『彼女は昭和8年3月、東京は中野の生れで六人姉弟のまん中、
ボーイスカウト日本連盟勤務、資金造成委員会事務局長根岸仙蔵氏を父に持ち、
母親は往年宝塚少女歌劇で活躍していた人見房子さん。』
(「日劇レビュー史―日劇ダンシングチーム栄光の50年」橋本与志夫/著より)

“人見房子”??

『母は宝塚歌劇団で小夜福子と同期だった。』
(「新撰 芸能人物事典―明治~平成」日外アソシエーツ)
三島一声
(昭和8年、小唄勝太郎とのコンビで「東京音頭」が大ヒット)
『明治43年に東京で最初の結婚、二度目は某伯爵の仲人で宝塚のスター
三人目は東京の女医。そして最後の妻に、大ヒット当時のビクターの花形歌手・羽衣歌子。』
(「週刊新潮」1974.8.1[墓碑銘]より)
秋野太作(俳優) NHK『ステージ101』の初期メンバー、元タカラジェンヌの女優・温碧蓮と再婚。
“温碧蓮” タカラジェンヌ名は?
鴨川清作(宝塚演出家) 『演出家の故・鴨川清作は(宝塚に)姉と妹、がいたし』
(「おお宝塚60年―「ドンブラコ」から「ベルばら」まで」より)
※姉は夕張ゆさ子(S5)、妹は夕張月子(S24)

“姪”の名は? 夕張ゆさ子・夕張月子との関係は?
※姪は可奈潤子(S35)
内山信愛(宝塚歌劇団理事長) 『歌劇団理事長だった故・内山信愛氏は妹二人と長男夫人、といった具合に、宝塚一家は多いが』
(「おお宝塚60年―「ドンブラコ」から「ベルばら」まで」より)
“長男夫人”の名は?
久松一声[一聲](宝塚歌劇脚本家) 『先生のお嬢さまも一時在団されたこともあるが、早くやめられて、
奥様を失われた先生のため家事を担当しておられた。』
愛しのタカラヅカへ

久松一声“お嬢さま”の名は?
※『宝塚歌劇五十年史』より、三室錦子(宝塚歌劇団第1期生)。
実際には久松一聲の実の娘ではなくて養女であり、本名は久松作子。

メトロポールさまより、上記ご回答をいただきました。ありがとうございます。



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近現代日本が誇る芸能宝塚歌劇
1914年(大正3年)4月1日、
第1回公演以来、 タカラヅカは、
2014年(平成26年)百周年

小林一三翁の教え、
「清く、正しく、美しく」
をモットーに、
男役と娘役(女役)に分かれた
タカラジェンヌ演ずる、
絢爛華麗、百花繚乱、
躍動感あふれる夢舞台!

そして、華麗なるタカラヅカ人脈

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タカラヅカ☆キラキラ人脈
2009~17年 (p.20)
2004~08年 (p.19)
1999~03年 (p.18)
1994~98年 (p.17)
1989~93年 (p.16)
1986~88年 (p.15)
1981~85年 (p.14)
1976~80年 (p.13)
1971~75年 (p.12)
1966~70年 (p.11)
1961~65年 (p.10)
1956~60年 (p.9)
1951~55年 (p.8)
1946~50年 (p.7)
1941~45年 (p.6)
1936~40年 (p.5)
1931~35年 (p.4)
1926~30年 (p.3)
1922~26年 (p.2)
1913~21年 (p.1)
参考文献